友達と話し始めるまで1年半かかった!~英語教育移住日記⑯

このブログは日記形式になっています。
子供を英語バイリンガルにするには教育移住すればよい!と気づいた日~教育移住日記①」からぜひお読みください。

友達と遊び始めた太郎

表彰された後から、太郎が友達に対して少しずつ積極的になっていることに気付いた。
迎えに行くと「トム、バイバイ」「ジョージ、スィーユー(またね)」と相手の名前もつけて、自分からあいさつしているのだ。

ある日は、迎えに行くと「ママ、僕あともう一人見つけてくるから、ちょっと待ってて」と言って走り去った。かくれんぼ(ハイド&シーク)をクラスメイトの男女数人としているところだった。

ルールを聞くと、日本のかくれんぼと少し違う。じゃんけんで「勝った人」が鬼になり、次は「最後に見つかった人」が鬼になる。

以前、走り回っている太郎のクラスメイトを見て、「あの子たちは何をしているの?」と私が聞いた時は、太郎は悲しそうに「分からない」と答えていた。とうとう太郎は、友達との間にあった「言葉と心の壁」を越えたのかもしれない!

移住して1年半。思ったより長かったが、やっとお友達と関われるようになった

次郎と花子の日本語力

太郎が持ち帰る算数や英語の宿題には、当小学校が契約しているインターネットの学習サイトに、太郎の名前とパスワードを打ち込んで問題を解かせるものがある。

そのため、太郎は帰宅後にパソコンを立ち上げて課題に取り組む。しかし、そのサイトには学習に絡めたゲームもあり、それが次郎には羨ましくてしょうがない。いつも横から手を出して太郎の邪魔をし、怒られている。

次郎は、送迎時に車で聞いている日本のアニメの音楽が大好きだ。そこで私は、太郎が勉強する時は別室にあるもう一台のパソコンを立ち上げ、次郎のために歌詞カードを作ってやることにした。

ワードを開いて歌詞を打ちこみ、漢字にルビを振って印刷してやると、次郎は喜んだ。すると、太郎は学校のコンピューターの授業でワードソフトの使い方を習っているので、歌詞カードの作り方をすぐに覚え、根気よく次郎に教えてくれた。

次郎は歌詞カード作りが大好きになり、カードを綴じたファイルを家でも車でも見ながら歌っている。次郎が太郎に比べて本を読まないのを私は心配していたが、このような形でも日本語の読み書きに熱心に取り組むようになりホッとした。 

一方、花子は毎晩、夫に日本語の絵本を繰り返し読んでもらっている。太郎と次郎はボードゲームが好きで、夕食後は私と三人で遊ぶことが多い分、花子は夫にべったりで、日本人補習授業校から花子用に借りてくる本を楽しんでいる。

子どもたち3人の2年度目終了

3月になり、幼稚園と小学校の卒業生を式場で送り出し、我が子の二年度目は無事終了した。

小学一年生を終えた太郎は、3つの学期全てでストレートAをとった。そして後半は、クラスメイトと遊ぶのが楽しくてしょうがない日々を過ごした。放課後に迎えに行くと、いつも汗をかきながらグラウンドでみんなと走り回っている。

また、ちょっと前までは、英語を話すところを親には見られたくない感じだったのに、少しずつ気にしなくなっている。クラスメイトに英語で話しかける姿を見かけるようになった。

ただ、学校の先生宛にちょっとした伝言を頼むと「英語でどう言えばいいか分からない」と答え、伝え方を教えて励ましても「僕、分からないよ」と泣き出してしまうこともある。これは英語というより、性格的なものかもしれないが…。

5歳で年中組を終えた次郎も、太郎同様、英語より日本語のほうがずっと上手だ。ひらがなだけの本や、漢字があってもルビがついている本なら、厚くても一人で読み通すようになった。普段の次郎のおしゃべりに英語が含まれることも無い。

でも、日本語で学んでいないことを英語で習ってくるので、その報告には英単語が混ざる。「いまね、ウォールド(世界)のカンチネント(大陸)を勉強しているんだよ。アンタークティカ(南極)とか。そこに住んでいる動物はねぇ…」となる。私の知らない単語も多く、でも本人はスペルを習ってくるわけではないので辞書をひくのも難しく、理解するのはひと苦労だ。

飛び級して3歳で年少未満組を終えた花子も、家庭の日常会話は日本語だ。ただ、太郎や次郎と比べると、基本的な名詞の認識は英語のほうが強くなってきている。

「わたし、ヤローがいい」と言った時は、「野郎(?)」とびっくりしたが、黄色のことだった。「イエロー」とカタカナで習っていない花子のアクセントは良すぎて、日本語に交ざると意味不明となる。「はい、『黄色』ね、『黄色』がいいのね」とあえて日本語表現を強調しながら私は応じるが、セブにいてはそんな努力も水の泡かもしれない。

まぁそれでも、明日からは幼稚園も小学校も長い春休み。今夜の飛行機でセブを発ち、また札幌の実家に居候する。そして子ども3人はそれぞれ、地元の小学校と幼稚園に通うのだ。

こんな過ごし方は、両親(子どもにとっては祖父母)が元気な間だけという危うさだが、可能な限り続けていきたい。

英語教育移住日記2016年3月完